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経歴といいながら思い出を綴るペエジ。
東京生まれ、神奈川育ち。
大学まで全て公立。省エネ。
★中学時代:いぢめられっこでした。地味でした。
★高校時代:ダンスと音楽三昧の日々。主にドラムスをやり、歌とウィンドシンセなんぞも少々。ワンゲル部・軽音部・日本語ボランティアの3つの部活に所属。さらに生徒会もやりこの頃から忙しかった。
★美大時代:入る大学を明らかに誤ったと落ち込む日々。
反動で音楽に走る。早稲田大学「アメ民」と「ナレオ」、東京芸大「軽音部」に所属。その他成蹊大やら千葉大やら中央大やらいろんな大学の色んな人とバンドばかりやっていた。
★大学の専攻は工芸科染織専攻。機織ってました。鶴です。
★在学中に作品展を4,5回
★バイトで司会やDJ(話すほう)やったり。ヘタだった。
★世界初、 日本語とベトナム語のバイリンガル絵本「IT IT IT」を出版。ベトナムの新聞に載ったりNHKに出たりラジオでたり記者会見やったりいろいろやったが、世界初過ぎて全然売れなかった。
★芸大の学祭ライブオーディションで2バンド出して1位と2位を獲得。
★早稲田祭の後夜祭で大トリで歌う。気持ちよかった。
★在学中からCMの絵コンテやイラストなどの仕事を始める。
★キャニオンミュージックのオーディション合格
大学をちゃんと4年で卒業。
音楽には進まず。己の才能は己が一番良く知っている。
★某ゲーム会社入社 パソコンも触ったことがなく、タペストリーとかガラスとかの工芸作品持参で、なぜか受かった。ヘンな会社。ドリームキャスト対応のRPGとか作ってた。
★作品展を数回。
★音楽では、営業とかレコーディングとかちょろっとやってた。
★ゲーム会社退社後、池袋で歌うお仕事をする。かなりヘタクソだったのでヤバイと思い、クラシックの黒澤加寿子氏に師事。
★制作会社に入社。2Dアニメーション制作などをしていた。
★ユニット「ごはん」でレコーディングとかライブとか。その他、TV番組やサウンドロゴなどのRECなどもやっていた。
★会社以外で受けていた仕事が多くなり、25歳で独立。デザイン事務所設立。寝るひまないくらい忙しかった。「回転式オフィス21」というサイトを立ち上げる。
★一人では仕事が回らないほど忙しくなり、キャニオンで知り合った藤本匡光と有限会社トライトーン設立。
★子供向けアニメーションDVDを3枚発売。作家は魔女の宅急便で有名な角野栄子さん。絵はあの!長崎訓子さん。とてもいい経験をしました。過労死するかも…と毎日思っていたが。
★DVDが終わって少し時間ができたので音楽活動再開。かわばたかつゆき、AKIなどのサポートや、自分のライブなど。
★DVDがソコソコ売れたようで…音楽ビデオも出ました。
★2003年よりライブ活動が活発に。テクノユニットMKSやプログレバンドKALOに参加。ソロでのライブもやるようになる。
★2004年「Spiral Dream/KALO」「風が来る/成冨ミヲリ+assimilate」の2枚のCDをリリース。KALOはフランスと日本で世界同時発売となる。
★2005年、講談社の文芸誌「群像」に小説発表。実はこっそり小説を書いては公募に出し、落ちつづけていたところ。群像に向けても小説を書いている最中で、話が来た時には「まだ出してないのになぜ分かった!?」と思った。(その後、もう1作依頼が来て書き上げたが、大人の事情と自分の事情でまだ世に出てません。でもまた小説は書きます。絶対に)
★2005年から2006年にかけて即興歌唱を確立、アンビエントやインプロの世界に引き込まれる。ポップスのCDを出そうと2006年にREC、ジャケ写とマスタリング終了後、取りやめるという事態も。今後の方向性に迷いに迷った時代。
★2007年、ちょっとした気まぐれで応募した東京ビジネスアイデアコンテストでファイナルまで勝ち進む。(239プラン中、ベスト8)
★2007年7月7日、ニューヨーク(ブルックリン)にてライブ。また行くでしょう。8月香川にてライブ。また行くでしょう。秋に本が出ます。実用書です。また出すでしょう。きっと。
以下、人生は続く。
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